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片山善博の「日本を診る」(157) 地方創生をどうするか――これまでを振り返り、これからを考える

2023年05月02日(火)


ふるさと納税という制度ができたとき,
ほんとうにばかげた仕組みを考えるものだと思った.

そのもっと前,ふるさと創生で自治体に1億円だったか,国が交付するのだという.
この国はどうしてしまったのかと思った.

ふるさと納税が可能ならば,
むしろ住民税の減税を考えてほしい……と思ったのだった.
財政学者,租税制度の専門家がメディアに登場することがあったか,
覚えていない.
あるいは,専門的な雑誌などでは,きちんと吟味されていたのかもしれないが,
メディアは,ほとんど無批判的に制度の宣伝に努めているように見えた.

そこに,COVID-19の感染拡大で,
現金バラマキが始まった.
現金バラマキに対する客観的な報道など,ほとんど見ることがなかった.
いや,事実上,国家による商売などの活動を抑制しようというのだから,
それによって損失を被る人,起業などに対する支援が検討され,実施されることに異存はなかったけれど,
さて,なにがなされてきたのか,
それによって,どのような効果が期待され,
じっさいに、どのような効果があったのか…….
わからない.

そういえば,ふるさと納税のおかげでいちばんも受けているのは,どこの誰なんだろう……なんてケチなことも考えた.

おおむかし……かな,ふるさとに錦を飾る,なんて言葉があった.
いま,どうだろう.
帰るべきふるさとがどこにあるんだろう,と思うことがある.

いま,東京圏に住んでいて,さて自分のふるさとって,どこだったか…….

たまたま仕事に関連して,ちょっと無理を言って,研修目的?で北欧に行ったとき,
スウェーデンで,バルト海に面した人口10万人ほどのまちで,行政部門の責任者の議員が,
このまちはスウェーデンの100分の一です,
と語っていた.
人口1000万人の国の,人口10万人のまちの話.
通訳がはいるから,ほんとうのところを知っているわけではないけれど,
議員の話に,「地方」は出てこなかった.

そういえば,彼の地は,1970~80年代,地方制度のあり方をかなり徹底して議論していたという.
列島の国ではどうだったか,とちょっと振り返ってみる.


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【世界】2022年12月

片山善博の「日本を診る」(157)

地方創生をどうするか――これまでを振り返り、これからを考える


 政府はこれまでの八年間、地方創生に力を入れてきた。自治体もこれに呼応し、熱心に取り組んできた。では、それによって所期の目的を達成したといえるか。筆者の見立てでは、残念ながら全国いずれの地域でも地方創生はうまくいっていない。
 「うまくいっていない」とは曖昧な言い方だが、地方創生とはそれぞれの自治体が地域の課題とそれを解決するための目標を定め、実績を評価するための指標も自ら設定する枠組みだから、総体として成果を論ずるには「うまくいっている」とか「うまくいっていない」というほかない。

■自治体同士の奪い合いは不毛の争い

 地方創生だけでなく、このところ国が主導する地域活性化策はうまくいっていない。その要因として思い当たることはいくつかあるが、ここでは特に気にかかることを二つだけあげておく。
 その一つは、総じて自治体が互いに奪い合う施策に力を入れてきたことである。例えば地方創生を遂行するに当たり各自治体は総合戦略という一種の計画を策定し、それに基づいて各種の施策を実施してきた。
 その総合戦略にほとんどの自治体が書き込んだのが人口減少に歯止めをかけるための施策であり、具体的にはUターンや移住の受け入れである。移住者には住宅の世話や就業面での支援策が用意されるが、どこの自治体でも注力しているので、平凡な支援では他の自治体に比べて見劣りがする。そこで支援策はいきおい手厚くならざるを得ない。自治体による人口の奪い合い競争が現出する。
 移住促進に力を入れ、それでいてはかばかしい成果を上げられない自治体の担当者からこんな話を聞いたことがある。移住を希望する人の中には、自治体の足元を見て、さらに手厚い支援を求める強欲の人もいるという。
 あげくの果てに、「せっかく移住してきてやったのに、期待はずれだった」などと嘯(うそぶ)いて逆Uターンした人もいたそうだ。どうしてこんなに卑屈にならなければならないのかと、担当者は嘆いていた。
 自治体が移住者受け入れに力を入れたからといって、それでわが国の人口が増えるわけではない。今わが国は人口減少下にあるのだから、地域間の移住をめぐる競争は、いわばパイが小さくなる中での熾烈な奪い合いである。全体としてみれば、「労多くして益なし」の不毛の争いでしかない。
 いわゆるふるさと納税の制度は奪い合いの典型例である。A市の住民がB町にふるさと納税(寄付)をすれば、本来ならA市に入るはずの住民税がほぼB町に移転する仕組みだからである。全国の自治体が「わが市に」、「わが町に」と熱心に寄付を募っているのは、所詮は他の自治体に入るべき税金を自分の所に奪いとろうとしている作業にほかならない。自治体が税の奪い合い競争をしても、それによって国全体の税収が増えるわけではない。むしろ寄付者への返礼品に要する経費やPR代などのために貴重な税が費やされるのだから、結果として税は大きく目減りする。
 自治体がこぞってよその税を奪うために知恵を絞っている姿は健全ではない。それは他人の金を奪うためにあれこれ知恵を絞っているオレオレ詐欺集団を彷彿とさせる。自治体はもっとまともなことに知恵を絞るべきではないか。

■安売り作戦ではなく、生産性向上の戦略を

 二つ目としてあげられるのは、値引きやダンピングによって地域経済を活性化させようとしたことである。例えば地方創生の代表施策として全国すべての自治体が実施したのがプレミアム付き商品券である。一万円で一万二千円分の商品券が得られる。これは概ね二割値引きされた商品を購入できるに等しい。
 地方創生では初期の段階で、多くの県が観光キャンペーンの一環として「ふるさと旅行券」などの割引券を発売した。ホテルや旅館に実質的に半分の価格で宿泊できたので、発売と同時に売り切れるなどという例が多かった。
 これによって域内への観光客が増えたという評価がなされていたが、結局は一過性のブームに過ぎず、キャンペーンが終われば需要は元に戻る。また、一度半額旅行の味を覚えると、通常価格が割高に感じられることもあり、旅行市場を混乱させることにもつながった。
 現在進行中の全国旅行支援も同じだが、値引きやダンピングで一時的な需要を掘り起こすことはあっても、地域経済をまっとうに成長させることにはつながらないことを肝に銘じておくべきである。
 先にふれたふるさと納税も、見方を変えれば超ダンピング政策である。ふるさと納税の仕組みを寄付者の視点でとらえると、例えばどこかの自治体に一〇万円寄付した人なら、住民税ないどの税が九万八千円減税される。加えて寄付先の自治体からは寄付額の概ね三割に相当する返礼品(和牛や果物など寄付者が指定した商品)が届けられるのが通例である。
 以上を総計すると、この寄付者の場合、三万円分のお気に入り商品をわずか二千円で手に入れられたことになる。これは堪えられない。ふるさと納税を超ダンピング政策だという所以である。
 寄付金をたくさん集めた自治体関係者がこんなことを言う。これまで日の目を見ていなかった地域の特産品に都会の人たちの注文が殺到している。ふるさと納税のおかげで地域経済が大いに活性化した、と。
 ただ、その都会の人たちは、決してその特産品の真の価値を認めて注文しているわけではない。三万円分の商品がたった二千円で手に入れられることに魅力を感じているに過ぎない。これは戦争特需のようなもので、今後ふるさと納税制度が廃止されれば(早晩必ず廃止される)、その人気商品に対する需要はほぼ消えると覚悟しておくのがよい。
 自治体間の人口や税の奪い合いと安売り・ダンピングでは地域振興につながらないことは明らかだが、では今後どのようにすればよいか。それは人口問題でいえば、減少するパイを自治体同士で奪い合うのではなく、それぞれの地域で出生率が上がるように、子どもを生み育てやすい環境を整えることの方に力を入れるべきである。それは小手先の施策では無理だし、一朝一夕に成果が上がるものではない。腰を据えて地道にじっくり取り組まなければならない課題であるはずだ。
 また、当面は人口減少に抗うのではなく、人口減少を前提にした上で、地域の企業や働く人たちの生産性を上げる施策に力を入れるべきである。労働力人口が減っても生産性が上がれば、地域経済の活力は維持できるからである。そのための具体的取り組みとしては、最近とかく話題になることの多いデジタル化の促進であったり、地場企業の技術力向上であったり、下請けからの脱却であったりする。
 いずれにしても、これからの地域づくりでは、国から提示されたことを鵜呑みにするのではなく、自分たちの地域の現在及び将来にとって何が重要かということを真剣に考え、実践することが大切だと思う。

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