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いま、この惑星で起きていること  第35回(最終回) 体当たりの科学者たち  森さやか

2023年05月11日(木)

そういえば,藤田哲也さんという名前は,たぶんテレビのドキュメンタリー番組だったか.

まったく違う話だけれど,最近,牧野富太郎の名前を聞く.
小学校中退,
学校制度が,確立するにしたがい,牧野富太郎の居場所は,なかなかむずかしかったとも聞いたことがあったな.
じっさいはどうだったのだろう.

むかし,大学卒業程度を認定する試験があったと聞く.
おもしろいな,と思った.
大学入学資格検定試験があった.
いま,高等学校卒業程度認定試験.

いや,森さやかさんの記事とはあまり関係がないかな.
でも,学ぶこと,考えること,研究すること……って,どんなことだったか,
と思った.




【世界】2022年11月

いま、この惑星で起きていること
第35回(最終回) 体当たりの科学者たち

森さやか
もり・さやか  フリーの気象予報士。アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。二〇一一年からNHKの英語放送「NHK WORLD-JAPAN」で気象アンカーを務める。著書に『竜巻のふしぎ』『天気のしくみ』(共に森田正光氏との共著、共立出版)、『いま、この惑星で起きていること――気象予報士の眼に映る世界』(岩波ジュニア新書)。


 一九九八年一一月一九日、ある高名な気象学者がアメリカで息を引き取った。嵐に魅せられ、風の正体を探り続けた人生だった。
 その人は藤田哲也という。福岡県北九州に生まれ育ち、若くして地元の専門学校の助教授となった。陽気で、お茶目で、博学異才な藤田を、生徒たちは「てっちゃん先生」と親しみを込めて呼んだ。
 そのてっちゃん先生が、気象の研究に没頭したいと海を渡ったのが三二歳の時。わずかなお金を握りしめて、戦後まもない日本の焼け野原を飛び出した。シカゴ大学では、明晰な頭脳と独創性を生かして名声を高めていく。ノースダコタ州に大竜巻が襲った時には、まず地元のテレビに出演し目撃情報を募った。日本語なまりの英語を話す度胸たっぷりな研究者に人々は興味津々で、次から次に情報が集まったという。藤田の研究手法は、地べたを這っての泥まみれの調査から、自身専用の“フジタジェット”に乗っての空中観測まで、オリジナリティにあふれていた。型にはまらぬスタイルで竜巻を追いかけ、お手製の装置で綿密に分析し、ついたあだ名は「ミスタートルネード」。気象学の世界的権威にまで上り詰めた。
 藤田のような熱意ある研究者が、科学の発展、そして今日のわれわれの安全をもたらしてくれていることは言うまでもない。今月号では、地球の異変を見つめつつ、任務にあたる科学者たちを取り上げ、最近起きた天気のニュースと絡めて話を進めていきたい。

■空から“古”を探す宇宙考古学者

 その昔、イギリス人考古学者のジェフリー・ビブリーは言った。「すべての考古学者は、自分がなぜ掘るのか知っている。死者が蘇るように、過去が永遠に失われないように、時代の難破から何かが救われるように、哀れみと謙虚さを持って掘るのである」。しかし今年、考古学者は掘らずに胡坐をかいていればよかった。記録的な熱波と干ばつで湖や川の水位が下がり、遺跡や遺物が自ら顔を出したからである。まず米国アイオワ州では、先史時代の人のあごの骨が見つかり、テキサス州では一億年も前の恐竜の足跡が、それぞれ干上がった川底からお目見えした。またイギリスでは芝生が枯れて中世の庭園の跡が姿を現し、イラクでは川底から三四〇〇年前の都市国家が発見されるなど、考古学者は大忙しで嬉しい悲鳴を上げた。
 こんなふうに水が涸れた時にひょっこり遺物が顔を出すだけならまだいいが、異常気象が続いて、この世から金輪際消えてなくなってしまう場合は大問題である。たとえば今年の七月、ペルーでは、焼き畑の火が瞬く間に広がって、マチュ・ピチュまであと一〇キロの距離まで迫ったし、昨年はギリシャのミケーネにある青銅器時代の遺跡が炎に囲まれ、ぎりぎりで消火された。また海面上昇によって、スコットランドの海岸線に建つ五〇〇〇年前の集落跡なども水没の危機にある。後世に気がつかれぬまま、そっと地上から消えていく古の記憶がないように、いま考古学者はハチマキをしめて急ピッチで仕事を始めている。とはいえ、手探りの発掘スタイルでは間に合いそうもない。そこで、衛星に取り付けた超高解像度のカメラで地球を見下ろす、「宇宙考古学者」が登場している。この方法ならば、どんな辺境の遺跡ですらも、空調の行き届いた快適な研究室で四六時中探索が行なえる。もし遺跡が地中に埋まっていても、その上に生えている植生に変化が現れるから、衛星でそれを見つけ出し、探り当てることが可能だという。では、その場所が熱帯雨林に覆われていたらどうだろう。今やそれすら透けさせて、地
上を見わたせる技術が存在する。遺跡が消えるのが先か、見つけるのが先か、宇宙考古学者は時間に追われている。

■嵐に突っ込むハリケーンハンター

 最先端の技術で地球を空からくまなく見わたせる時代になったが、やはり最終的には人が直に見て感じて、調査をするに限る。
 ハリケーンも雲写真から強さを推定することが可能だが、アメリカでは航空機で雲の中を突っ切って、直接観測する“慣習”が引き継がれている。そんな勇猛果敢な人たちを「ハリケーンハンター」と呼ぶ。今年八月、かつてない試みが行なわれた。普段は調査エリア外の、米国東岸から五〇〇〇キロも離れたアフリカ沖まで観測機がひとっ飛びして、ハリケーンの卵の雲に突っ込むというものである。この海域は「ハリケーンの保育所」とも呼ばれ、アメリカにやってくる嵐の約半数が誕生する。しかし、ハリケーンハンターが遠路はるばる大西洋の反対側まで出かけて行って、いったいどんなメリットがあるのだろうか。それは嵐の発生段階から正確な情報を手に入れて、予報精度の向上を図るためである。アメリカのハリケーンによる被害額は一つあたり平均二〇〇億ドルにも上るそうだから、救世主の一手となり得るわけである。
 ハリケーンハンターには、どうやったらなれるのだろうか。九月、アメリカ海洋大気局が求人広告を出したので、その内容を紹介しよう。募集職種は、観測機に乗ってデータを取る気象学者である。フルタイムの正社員雇用で、年収は約六万ドルから一〇万ドル(約九〇〇万円から一四〇〇万円)。これを高いとみるか安いとみるかは、あなた次第である。飛行中は当然のこと乱気流のオンパレードであるから、言うまでもなく、それに耐えられる体力や忍耐力が必須になる。熱帯の暑さから超高高度の寒さまでの極端な気温差や、何Gもの負荷に耐えられるたくましさ、それに超ド級の轟音にも動じないタフさも必要である。過去八〇年の歴史の中で、墜落は六機、死者は五〇人超。死と隣り合わせの危険な任務である。

■動物の叫びを聞く、生物学者

 以前、闇夜に光るシカゴの摩天楼にぶつかって命を落とした悲しき小鳥たちを、四〇年間拾い続けた動物学者を紹介した。計七万羽に及ぶなきがらの身体測定で分かったことは、鳥が小さくなっていたことだった。また、トンボの翅の黒色が薄くなっていたり、クマの冬眠開始時期が遅くなったりしていることなどを発見した学者もいた。環境変化に抗えない哀れな動物たちは、こうして外見や住処を変えて暑さに順応しようと、もがいているのである。学者たちはそんな彼らの叫びを代弁している。
 地球は今、「第六絶滅期」に向かっていると言う人がいるように、何千万年来の速いペースで動物が地上から消え去ろうとしている。ではいったい、どんな動物が温暖化した地球上でも上手くやっていけるのだろうか。八月、科学誌『eLife』に発表された論文には、その答えがある。
 サウスデンマーク大学の生物学者が、一五七種の哺乳類の個体数の増減と天候の変化について調べたら、長生きで少産型の動物は、短命で子だくさんの動物に比べて、異常気象の影響を受けにくいという結果が導かれた。たとえば、ゾウやトラといった動物が前者で、ネズミなどの仲間が後者にあたる。これはどういう意味か。たとえば干ばつなどの異常気象が起きた場合、短命な小動物は、すぐに食糧不足に陥って個体数が激減する。しかし状況が改善すれば、急激に個体数が増える。つまり気候の変化に振り回されやすいというわけである。
 幸運にも人間は、変化を受けにくい「勝ち組」に属している。万物の霊長をうたい、地球の環境を壊し続ける張本人は、これからは心を入れ替えて、地球を去ろうとしている動物を救い上げ、船に乗せる番である。

■心ここにあらざれば視れども見えず

 ややもすると、見過ごされそうなことばかりである。しかし研究者たちの目が、いまこの惑星で起きている変化をとらえている。藤田はよく、こう口にしていた。「心ここにあらざれば、視れども見えず」。目をそらさず、じっくり見据えれば、おのずと今の地球が見えてくる。現状を真剣に見つめ行動にうつすことが、未来に地球を託すわれわれ世代の責務であろう。
 こんなふうに、世界の天気話を日誌ないし月誌として書かせていただいた連載も、いよいよ今月号が最終回である。父親からは「さやかの文章は薬にならないが、毒にはならないよ」と辛口に励まされて始まり、気がつけば三年経って、三日坊主の私がよく続けられたと、いまや感動してくれている。こうして書き続けられたのも、最後までお付き合いくださった読者の皆様のおかげに他ならない。この場を借りて、厚くお礼を申し上げます。
(おわり)

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