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矢部武 アメリカの「意外に手厚い」生活保護制度

2018年8月10日(金)

猛暑,迷走台風…….
ちょっといかれたお天道さまかもしれない.
いや,お天道さまは,あるがままかもしれない.

すこし前の雑誌の記事.
2012年の「g2(じーつー)」vol.11の記事で,
生活保護の真相
という特集のひとつ.

知り合いのソーシャルワーカーが,
生活保護の担当だったときに,
就労支援の試行をしていた,という.
上司に「先見の明」があったというところか.
しかし,とてもむずかしかった,という.

そんなことなど思い出しながら,
久しぶりにこの記事を見た.
そして興味深く読んだ.

とりあげられている「芸能人のお母さん」の事件が,その後どうなったのか,
よく知らない.
論点がどう深められたのか,わからない.

この「g2」は,月刊誌の後継雑誌だったと思うけれど,廃刊になったか?


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「格差国家」で問われるのは個人の資格だけ
アメリカの「意外に手厚い」
生活保護制度

ジャーナリスト 矢部武
編集 吉田仁


 アメリカ人の友人に、「日本で売れつ子芸人の貧しい母親が生活保護を受給していたことが発覚し、バッシングを受けているが、どう思うか?」と聞いてみた。
 彼はちょっと驚いた顔をして、「信じられない。馬鹿げている」と一蹴した。アメリカでは、親子でも別々に住み経済的支援を受けていなければ、親は生活保護を受給できる、それに個々の経済・生活状況は人それぞれであり、他人が勝手に憶測して批判したりすべきではない、というのだ。
 彼は数年前にリタイアし、奥さんと一緒に自適な生活を送っている白人中間層だが、取材を進めると、このケースに関してはアメリカ人の多くが同じように考えていることがわかった。「弱肉強食で冷たい社会」というイメージが強いアメリカだが、実は生活保護制度はけっこう整っている。日本ではあまり知られていないアメリカの生活保護事情を取材してみた。



 アメリカの低所得者向けの公的扶助(生活保護)は個々の経済・健康状態に応じていくつかのプログラムが用意されている。
 まずは、連邦社会保障局が運営する補足的保障所得(SSI=Supplemental Security Income)だが、これはアメリカの生活保護政策の中心的な柱だ。受給条件(単身者の場合)は、(1)月収1000ドル以下、(2)現金・預金などの流動資産2000ドル以下、(3)視覚障害、その他の障害、高齢(65歳以上)などで就労が難しい、の三つを満たすこと。日本のように親族の経済状況などは一切問われないが、認定されるには収入や資産が限られ、働けないことを証明しなければならない。
 アメリカには皆保険制度はないが、SSIの受給者は同時に低所得者向け医療保険「メディケイド」の受給資格が得られる。SSIの受給者は2011年時点で780万人、年間支給額は470億ドル(約3・73兆円)となっている。
 また失業中で、お金も食べるものもないという人は農務省のフードスタンプ(正式名称はSNAP=Supplemental Nutrition Assistance Program、以下FS)を受給できる。前述のSSIの申請を拒否された場合や、認定審査を待つ間に受け取る人も少なくない。申請が簡単で、早ければ3日で受給できるのが利点だ。低所得者にとって身近なこともあり、FS受給者はリーマンショック以降ほぼ倍増。2012年に4600万人、年間予算は800億ドル(約6・3兆円)に達している.
 三つ目は、要扶養児童のいる貧困家族を対象にした貧困家族一時扶助(TANF=Temporary Assistance for Needy Families)。米厚生省(HHS)が運営しているTANFは自立・就労支援に力を入れているため、受給者はそう増えていないが、それでも2012年に480万人、年間予算は165億ドル(約1・31兆円)である。
 このようにアメリカの生活保護は個々の状況に応じてプログラムを選んだり、組み合わせたりできる(州によって異なるが、複数のプログラムを回時に受給することも可能)。
 日本では生活保護の受給者数が210万人、年間支出が3・3兆円に達したと大騒ぎしている。しかし、アメリカの受給者数や総支給額をみれば、日本の約2・5倍の人口を考えても、日本より手厚い部分があることは理解できる。
 しかもアメリカには、低所得者が生活保護を受けるのは当然の権利だとして啓蒙し、申請手続きなどを支援するNPO団体が多く存在する。


■「金持ちの親がいるか」は問われない

 カリフォルニア州のサンフランシスコ弁護士会が運営する非営利組織「ホームレス支援プロジェクト」(HAP)を取材した。HAPではホームレス、低所得者などにシェルター(緊急一時宿泊施設)や低所得者用住宅の斡旋、生活保護申請手続きの支援などを行っている。
 HAPのスタッフのエレノア・ロバーツさんに頼んで、SSI申請者を支援する場に立ち会わせてもらうことにした。
 20代後半の鋭い目つきをした男性が、ロバーツさんのデスクの前に座った。
 「日本から来たジャーナリストを同席させてもいいですか?」とロバーツさんが聞いたが、男性はにこりともせずに筆者を一瞥しただけだった。愛想は良くないが、態度は実に堂々としている。
 彼は3年前までSSIを受給していたが、犯罪をおかして約1年半服役し、この間支給を止められてしまったという。停止期間が1年を超えたので最初から申請し直さなければならない。ロバーツさんは彼の説明を受けながら、逐次コンピュータに打ち込んでいく。
 「いまホームレス状態にあるのか」を問われた男性は頷いた後、少し不安そうに「それは問題になりますか?」と聞いた。
 ロバーツさんは「いいえ、申請に不利になることはありません。それどころか、自炊できない所で生活している人は食事代が高くつくので、少し追加分が出ます」と丁寧に説明した。
 男性の受給理由は喘息と精神障害だというが、ロバーツさんは彼がどこで、どんな治療を受けているかなども詳しく聞いた。最後に男性は、「受給できるまでどのくらいかかりますか? 1ヵ月から半年くらいと聞きましたが」と尋ねた。ロバーツさんは「それだけははっきり答えられません。あなたの場合、一度認定されているので問題ないと思いますが、過去の記録の調査などもあるので3ヵ月から1年くらいかかるかもしれません」と話した。
 それからロバーツさんはSSIを待つ間、FSか、一般扶助(GA)を申請でるように勧めた。SSIは連邦政府のプログラムだが、GAは自治体が行っている低所得者向け生活扶助だ。GAの受給額はSSI(月854ドル=カリフォルニァ州の最低支給額)の半分以下だが、FSと同様に申請が簡単なので緊急時に役立つ。
 SSIは低所得者に最低限の生活を保障するプログラムだが、認定してもらうのはなかなか大変だ。比較的簡単なのは、収入や資産が限られた65歳以上の高齢者ではないかと思う。障害などで働けないことを証明しなくてもよいからだ。彼らは普通に働いていれば年金を受給できる年齢だが、何らかの理由でそれができなかった人たちである。
 政府支援の高齢者専用住宅には、SSIを受給している高齢者が多く住んでいる。連邦住宅都市開発省(HUD)が行っている家賃扶助プログラム「セクション8」に認定された高齢者専用住宅では、居住者は年収の30%を家賃として払えばよいのでSSI受給者でも住むことが可能なのだ。
 筆者は昨年、高齢者の自立をテーマとした拙著『ひとりで死んでも孤独じゃない』の執筆のため、カリフォルニア州オークランドの高齢者専用住宅を取材した。そこでは経済的に余裕のある子供がいてもその援助を受けず、SSIを受給しながら自由や自立を大切にして生活する高齢者に何人も会った。
 彼らは体が不自由になっても、在宅支援サービス(IHSS)のヘルパーに食事の支度、掃除、洗濯、買い物などを代行してもらえるので一人でも暮らしていけるのだ。IHSSは自治体が低所得者を対象に無料で提供している支援サービスで、一定以上の収入や資産のある人たちは利用できない。
 このようにSSIやFS、TANFだけでなく、IHSSやセクション8なども含めて考えると、アメリカの低所得者はけっこう手厚い公的扶助を受けていることがわかる。
 SSIの認定の話に戻るが、高齢者とは異なり、障害者の場合はなかなか大変だ。体の一部に重大な損傷があるような身体的障害ならまだわかりやすいが、うつ病、統合失調症、人格障害などは外見ではわかりにくいので、「就労不可」の証明が容易ではない。
 実際、その根拠が弱いということで認定されないケースは少なくない。申請者の主治医が「就労不可」としても、連邦社会保障局の医師が「就労は可能」と判断すれば拒否されてしまうからだ。
 申請者は拒否されたら弁護士をたてて、裁判に訴えることができる。そこで政府側の医師とやり合いながら、障害が就労にどう影響するかを丁寧に説明する。だが、このように個人の状況をめぐっては徹底的に争うが、お金持ちの親や兄弟がいるかなどは一切問われない。


■受給者にも人生を楽しむ権利がある

 オークランドに住むゲアリーさん(仮名、48歳)は二十数年前に2年だけ郵便局に勤めたが、麻薬依存と精神障害が原因で働けなくなり、それ以来ずっとSSIを受給している。麻薬はなんとか断ち切ったが、精神障害は完治していないという。
 実は、彼にはロサンゼルスの邸宅に住む裕福な母親がいるが、経済的援助を受けていないので受給には何の影響もない。ただ、母親が亡くなり、彼が多額の遺産を相続することになればSSIは打ち切られるだろう。
 彼の受給額は毎月854ドル。アパートの家賃350ドル、ケーブルテレビ代110ドル、他に光熱費や食費などを払うと、手もとにほとんど残らない。それでもケーブルテレビの映画や野球観戦をあきらめたくないし、週末はビリヤードをやりに近所のバーに出かけるという。ビリヤードには自分のキューを持つほどはまっていて、バーの仲間とドリンク代などを賭けてやることもある。筆者もそのバーに案内してもらったが、お酒を飲みながら球を突く姿は本当に楽しそうで、生き生きしていた。
 「生活保護受給者が、お酒を飲んでビリヤードとはけしからん!」と真面目な日本人には叱られそうだ。しかし、アメリカの受給者の多くは「自分にも人生を楽しむ権利はある」と考えており、そこが日本との大きな違いのように思える。ただ、彼らが自分なりに人生を楽しんでいるとしても、毎日貧困との厳しい闘いを強いられていることに変わりはない。
 インターネットを使ったホームレス支援組織「サンフランシスコ・リバイバル・ミニストリー」のデビッド・ビール代表は言う。
 「SSIのわずかなお金で生活していくのは大変だが、それをどう使うかは各自が決めること。受給者がお酒を飲んだり、おいしいものを食べたりしているのをちらっと見て、彼らの生活が楽しさに満ちているなどと考えるのは間違いです。時にはぜいたくをするかもしれないが、ほとんど毎日貧困と闘う生活が続くのです」
 ビール氏は約5年前、台湾の国際会議に参加した帰り、東京で数日過ごした。渋谷でホームレスへの炊き出しなどを見た後、ラーメン店に入った。混雑した店内で一生懸命働く料理人やウエイトレスの姿を見て、「なんと勤勉な人たちだろう」と感心した。が、一方で、このような勤勉社会ではホームレスなどは怠惰とみなされ、十分な支援を受けられないのではないかと不安になったという。最近の生活保護者バッシングなどを見ていると、残念ながらビール氏の不安は的中してしまったように思う。
 実際、SSIのお金だけで生活していくのは大変なことだ。だからSSIを受給しても、路上生活を続けている人は少なくない。ゲアリーさんの家賃が350ドルと相場よりも安いのは約25年前に入居した時のまま据え置かれているからで、このようなケースは稀だ。


■不正受給者には厳罰を科す

 SSIを受給できなかったとしても、餓死しない程度の食料を確保するためにFSを受け取ることは可能だ。受給条件は月収l180ドル以下で、現金・預金などの流動資産が2000ドル以下の人となっている。ただし、家や車(4650ドル以下)、教育・年金積立金などは資産として計算されない。
 FSの受給者は現在4600万人(人口のおよそ7人に1人)とリーマンショック以降ほぼ倍増したが、この間に千数百万人が失業したことを考えると、現実の社会状況に柔軟に対応していることがわかる。
 一人当たりの平均受給額は月134ドルだが、お金も食べ物もないという人にはありがたい。円に換算したら約1・1万円だが、アメリカのほうが食料品の価格が安いのでかなりの食料が買える。筆者も毎週スーパーへ行っているが、25ドルもあれば野菜、果物、乳製品などを入れた大きな紙袋を両手に持ち帰ることができる。
 FSは食料品に使われるため、地元の小売店などの売上に貢献している。FSを運営している農務省によると、FSは地域社会に経済効果をもたらし、農家の生活を支え、受給者の食生活改善や健康増進にも役立っているという。
 しかし、受給者の急増で年間予算が800億ドルに達し、連邦議会では予算削減の動きが出ている。今年初め、共和党が多数を占める下院はFSの政府支出を10年かけて133億ドル削減する法案を可決したが、民主党多数の上院で否決された。
 削減案に反対した民主党議員のなかには、ジョー・バカ議員(カリフォルニア州選出)のようにかつて貧しかった時に受給していたという人もいる。バカ議員はメディアに「FSがなかったら、妻と息子を食べさせることができなかった」と語っている。
 この他に農務省を悩ませているのが、FSの不正受給(使用)の問題である。たしかにFSは不正使用されやすい。受給者は食料品以外購入できないことになっているが、小売店の協力を得ればお酒でも煙草でも何でも買える。以前は誰かに頼んで換金してもらうことも可能だった。
 実は筆者もアメリカに留学していた三十数年前、FSの不正使用に手を貸してしまったことがある。オークランドの安アパートをアメリカ人の友人とシェアしていたときのことだ。彼は失業して半年くらいFSを受給していたが、ある日、筆者が頼まれて20ドルのクーポン券を何枚か換金してあげたところ、競馬へ行き、その金を見事にすってしまったのだ。彼は20代後半で有名大学の学位を持ち、健康だったが、そんな若者にもFSをくれるアメリカ政府はとても寛大だと思った。
 農務省は2004年にFSのクーポン券を廃止し、デビットカードの電子決済方式を導入。これによって誰かに頼んで換金することは難しくなった。
 また、不正受給者への罰則を強化し、不正額が5000ドル以下の場合は1万ドル以下の罰金か5年以下の懲役、あるいはその両方。5000ドルを超えた場合は25万ドル以下の罰金か20年以下の懲役、あるいはその両方とした。
 このように不正受給に厳しく対応することが、生活保護費増大に対する国民の不満や怒りを和らげることになるのである。


■自立・就労支援で受給者が激減

 要扶養児童のいる貧困家族を対象にしているのが貧困家族一時扶助(TANF)だ。これは一人親か、二人親でも稼ぎ手が失業中という貧困家庭に期限付きの生活扶助を提供し、同時に就労支援を行うプログラムだ。具体的には、60ヵ月の生涯受給制限を設けて就職・就労・職業訓練などを義務づけ、雇用支援、育児ケアなどのサービスを提供する。
 TANFはクリントン政権の大規模な福祉改革(個人責任と就労機会調停法、1996年)によって始まったが、それ以前はAFDC(要扶養児童家族扶助)と呼ばれ、受給制限も労働要件もなかった。
 プログラムの内容を大幅に変更したことで、当時のクリントン政権は、「子供のいる貧困家族を奈落の底に突き落とすようなものだ」と厳しい批判を受けた。しかし、TANFの受給者は、不況などで失業したが扶養児童を抱えて働きに出られないというケースが多かったため、適切な雇用支援や育児ケアなどを受けられれば状況が好転する可能性はあった。
 福祉に頼る人たちに必要な支援を提供し、仕事を得て自立してもらうというTANFの狙いは大きな成果をあげている。TANFを運営している米厚生省によると、1994年に約1400万人だったAFDCの受給者は、TANFになって10年後の2007年に約400万人と大幅に減ったという。
 米厚生省はTANF予算を165億ドル計上し(2012年度)、各州に交付しているが、細かい運営については州の裁量に任せている。
 たとえば、カリフォルニア州では名称もTANFではなくCalWORKs(就労機会と児童に対する責任制度)とし、生涯受給制限を過ぎて就労できなくても特別な理由などがあれば支援を継続したり、親への支給を止めても扶養児童への支給を継続したりするなどの配慮をしている。一方で、最初の給付を受け取ったらすぐに就職活動を始めること、少なくとも週32時間以上の就職関連活動(職業訓練、ボランティアなどを含む)をすることなど「労働要件」は厳しくしている。
 受給者は就労したら収入を報告しなければならないが、仕事を始めたからといってすぐに支援が打ち切られるわけではない。収入の額や子供の数、経済状態などに応じて自立の見通しが立つまで、最長60ヵ月間は受給し続けることができる。
 米厚生省は各州の裁量に任せる一方で、州政府が受給者に労働要件などを課さなかったり、違反行為を見逃したりした場合は、罰として違反1件につき補助金5%をカットする(最高21%まで)としている。


■日本の生活保護制度の問題点

 それではアメリカの状況を踏まえながら、日本の生活保護をめぐる議論について考えてみよう。
 「不正受給はどこの国でも一定の割合で存在する」から、大切なのはそれに厳しく対応することだ。ところが日本では不正防止策や罰則強化などがあまり議論されないまま、受給抑制の議論ばかりが先行している。
 厚労省の調べでは、生活保護費の不正受給額(2010年度)は約128億円で全体の0・38%を占めるという。受給者が仕事をして収入を得れば申告する義務がある。ところがそれを怠り、保護費と賃金を二重取りして、「生活保護は基本給、日雇い労働に行くのは残業代みたいなものや」と嘯く男性がテレビで報道されていた。しかし、このような極端なケースは全体から見ればほんの一部にすぎない。
 受給世帯の内訳では高齢者、障害者、母子世帯が全体の約9割を占め、アメリカのSSIやTANFの状況と大きな違いはない。不正受給を目の敵にするあまり、本当に必要な人に支援が行き届かなくなる事態は避けなければならない。
 芸能人の母親の受給騒動を追い風にして、厚労省は扶養可能者に扶養義務を果たしてもらう仕組みを強化することを検討している。扶養が困難という親族に理由の説明を義務づけ、地方自治体の調査権限などを強めようというのだ。
 しかし、今でも家族の経済状況などを聞かれるので申請をためらう人が多いのに、親族が扶養できない理由を説明しなければならないことになれば申請をあきらめる人が急増するおそれがある。
 他の先進国を見ても、親族に扶養義務を課しているのはイタリアくらいで、アメリカ、オーストラリア、イギリスなどほとんどの国では受給条件として問われるのは個人の資格だけである。「福祉先進国」とされるオーストラリアの厚生省(DHHS)の担当者は筆者の電話取材に、こう話した。
 「貧しい母親に裕福な息子がいたとしても、別々に住み経済的な支援を受けていなければ支給の対象になります。申請者が福祉事務所で、お金持ちの親族がいらつしゃいますね、などと聞かれることはありません。問われるのは一人の大人としての資格だけですから」
 オーストラリアに住む日本人女性は、「この国ではお金持ちの子供がいるかどうかに関係なく、政府が貧しい親や高齢者の面倒をみてくれます。だから、親子関係がとてもいいんです」と話す。
 日本は受給条件の議論よりも、受給者に仕事をして自立してもらう「出口」のことをもっと考えるべきである。障害・高齢などで就労が難しい人は別にして、就労可能年齢の失業者には積極的に就労支援をして自立を促すことだ。この場合、受給者を大幅に減らしたアメリカのTANFの成功例が参考になるのではないか。


■受給者増は怠け者が多いからなのか

 二つ目の課題は、日本には基本的に生活保護を受給するかしないかという0か1かの選択しかないことだ。アメリカでは最後の手段とされるSSIに行く前に受給が簡単なFSや自治体の一般扶助(GA)などを申請できる。FSは緊急時には3日で受給できるし、「ちょっと失業したので次の仕事が見つかるまでのつなぎ」という感じで気軽に申請できるのがいい。
 三つ目の課題は、生活保護に関連した年金制度の問題である。日本では老齢基礎年金(国民年金)の受給額が満額でも月額約6・6万円と非常に少ないため、生活保護費をもらったほうがいいということになってしまう。保険料をずっと納めてきた人の年金が、何も納めなくてももらえる生活保護費よりも低いというのは社会保障の制度設計の意味をなしていない。
 日本とアメリカの社会保障制度に詳しいアメリカ人の専門家はこう指摘する。
 「日本で生活保護受給者が増えているのは怠け者が多いからではなく、社会保障の制度設計が悪いからです。日本の年金制度は上(高所得者)にやさしく、下(低所得者)に厳しい仕組みになっています。これでは保険料を納めてこなかった人が年をとると、どんどん生活保護にいってしまう。アメリカの年金制度は上に厳しく、下にやさしい仕組みになっていて、最高と最低の受給額の差が少ないのです」
 アメリカの年金制度は、SSIを運営している連邦社会保障局が直轄している。公務員、会社員、自営業者らが納めた年金保険料(社会保障税と呼ぶ)はすべて社会保障信託基金にプールされる。従ってアメリカでは、公務員、会社員、自営業者の年金受給額に大きな差はない。保険料の支払総額・期間、年齢などが同じなら、基本的に受給額も同じレベルになるからだ。
 また、低所得者の受給額の(支払った保険料に対する)割合は高所得者のそれより高くなっている。つまり、年金の所得再分配機能が発揮され、高所得者に厳しく、低所得者にやさしいシステムになっているのだ。それによって、基礎年金の受給額が生活保護費(SSI)よりも低くなるのを防ぐこともできる。
 「格差大国」のイメージが強いアメリカだが、実はこの国の公的年金制度は先進国のなかでも高い評価を得ているという。
 日本は生活保護制度を改悪するのではなく、年金制度に適切な所得再分配機能をもたせるなど、ごまかし措置ではない真の社会保障改革に取り組むべきではないか。そうしなければいくら受給条件を厳しくしても、生活保護受給者は増え続けることになろう。


矢部武 Takeshi Yabe。
1954年埼玉県生まれ。ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者などを経てフリーに。現在は日米を行き来しながら、高齢者、雇用、健康、社会問題などをテーマに取材・執筆活動を続けている。『ひとりで死んでも孤独じゃない~「自立死」先進国アメリカ』(新潮新書)、『携帯・電磁波の人体影響』(集英社新書)など著書多数





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コメント 4

キュー

少し前の記事ですが。

日本は恐ろしい方向へすすんでいるように感じる。アメリカよりかなり酷くなりそうだ。
by キュー (2020-09-02 17:55) 

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ミーンズテストの有無とか、老齢だけでなく障害、遺族の給付の有無もあるので、単純に生活保護と老齢基礎年金満額との差を比較することはできませんが、とはいえたしかに、日本の仕組みだと正直ものが馬鹿を見るようなイメージはあります。
基礎年金の底上げをするために、おっしゃるようなアメリカ式のベンドポイントを導入するのは面白い議論かなと思いますし、あるいは共産党が主張するような標準報酬月額の上限引き上げも選択肢になり得ると思います。一方で高所得者にしてみれば、こうした改正は高所得者の給付を削る(or支出を増やす)ことになるので、これはこれで正直ものが馬鹿を見る形になってしまう。
社会全体で誰が馬鹿を見ないようにするのかの意思決定が必要ですが、”勤勉”を良しとする日本社会では、低所得=頑張っていない(まったくそんなわけはないのですが)という連想から、高所得者を犠牲にして低所得者を優遇するような改正は受け入れられにくいというのが現状でしょうか。ご投稿されたような記事が、日本社会の価値観を少しでも変えていくことを願っています。
by お名前(必須) (2020-10-02 05:16) 

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アメリカに10年滞在した。
身内の知り合いなど近所の生活保護や障害者受給者殆どが、マニュアルが出回っているらしく虚偽の申請。

ある医者に長くかかり、神経痛などの症状が治らないから医者からサインをもらい、医療費がタダになり医者に行き放題。その医療費のツケを病院側は普通払う人へ上乗せする。

子供は2人作るのがベスト、クレジットを使い込み自分の口座を親や親類に移しカラにして生活保護申請。そのくせ家はある。
両親が富豪でもやりたい放題。
いずれ遺産はガッポリもらう手段。

そんな奴らが大量に存在していて、カツカツで働いている一般市民の税金から吸い上げているのがアメリカの最低なシステムの実情。
だからアメリカではまともな中間層が撲滅され、最悪な脱税富豪たちと、最悪な貧困にという名の犯罪者まみれが闊歩する最悪な国に成り下がってきているんだよ。

因みにアメリカは先進国の中で唯一、健康皆保険のない最悪な国。
だって、富豪と偽障害者らに都合がいいでしょ?
by お名前(必須) (2023-10-06 08:04) 

kawauso

叔母が,米軍属と結婚して渡米した.もうずいぶんむかしのこと.どうしているか,よく知らない.伯父がときおり,連絡をとっていたようで,状況を聞くことがあった.認知症の症状が出ていること,離婚したかどうかははっきりしないけれど,夫は家を出て行ったこと,息子が面倒を見ているらしいこと…….どのように暮らしているのだろうか.実態が,わからない.見えてこない.
そういえば,遠い国,メディアが伝えるのは,ごくごく小さな断面ばかり.アメリカに限らないのだけれど.
行政も,アカデミーも,制度設計に際して,もうすこし厚みと広がりのある情報を収集し,公開してくれてもいいのに,思うことがある.
理論的に語るということは,本当は,そういう作業の上に成り立つのだと思うのだけれど.
by kawauso (2023-11-30 00:27) 

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