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片山善博の「日本を診る」(163) 「大臣答弁にチャットGPT」の耐えられない軽さ 【世界】2023-06

2023年10月02日(月)

そういえばアメリカの大統領には,専属のスピーチライターがいるらしい.
列島の国の首相の場合はどうなんだろう.
いや,アメリカでも,大統領以外の高位高官の人の場合はどうなんだろう.

むかし,大蔵省の役人は,課長補佐クラスが国会議員の質問取りをしていたとか聞いたことがある.実態はどうだったか,知らないけれど,
ずいぶん分厚い「想定問答」をあらかじめつくっておくとか.
公務員のは働き方改革とかで,この質問のやりとりを合理化できないか,そんなメディアの報道もあるようだ.
どうなるのか知らないけれど,テレビの国会中継を観ていると(ほとんど見ないのだけれど),
答弁者が,なにやら原稿らしきものに視線を落として,マイクに向かって話をしている様子が映し出される.
ときおり後ろに控える,たぶんお役人が神の切れ端を差し出したりすることもあるようだ.
大臣のお仕事は,アナウンサーか……なんていってはいけないのだろうし,
なかには,ここぞと持論をまくし立てる人もいないわけではなさそうだ.

それで,外野としては,どう受けとめればいいんだろう,と思う.

質問のやりとりは,それぞれの知識や,思考,思いが試される場でもあるのだろう.
質問取りにも,そういう面がありそうには思う.


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【世界】2023年06月

片山善博の「日本を診る」(163)

「大臣答弁にチャットGPT」の耐えられない軽さ


 過日、西村康稔(やすとし)経済産業大臣が、国会答弁に対話型AI「チャットGPT」を活用する可能性を検討していると述べたことが報じられた。チャットGPTを使うことによって、国家公務員の業務負担を軽減するのが目的だという。
 西村大臣の発言をめぐっては、官僚の超過勤務の縮減につながるとの肯定的な反応がある一方で、政治家が責任を持つべき国会答弁をAIに任せるのは無責任だとか、もはや政治家はいらなくなるなどとする厳しい批判もあった。
 かつて大臣も官僚も務めた経験を持つ筆者の感想を言うと、国会答弁に関する官僚の事務負担を軽減すること自体には大いに賛成である。このところ、霞が関の若手官僚が何人も辞めている。先日ある役所の官僚に聞いたところ、同期入省者のうちの三分の一ほどが入省後一〇年もしないうちに辞めてしまったという。
 辞める理由の中で多いのが、毎日残業続きで帰宅が深更に及び、これではまともな家庭生活が送れないということのようだ。その残業を余儀なくさせている最大の事情が国会答弁関連事務にあるのだという。
 思い起こせば、西村大臣は役所の部下に対する要求がとても厳しくて、官僚の残業は多いし、大臣出張時用の「大臣対応マニュアル」までできているなどと批判されたことがある。そんな汚名を返上するねらいもあって、チャットGPTの活用を思いついたのかもしれない。

■官僚による大臣答弁作成自体が邪道

 官僚が大臣答弁を作成するには、質問に立つ議員からあらかじめその質問内容を聞きとっておかなければならない。時間的余裕がある段階で、議員が質問内容を知らせてくれればいいが、往々にして前日の夜になる。それには質問す
る議員の側にも事情がある。自分の質問が二番煎じになるのを避けるには、前日までの他の議員の質問を把握してからでないと、質問内容を決められないからだ。
 かくして、答弁作成は夜から始まり、出来上がるのが深夜になるのは当たり前で、明け方までかかることも珍しくない。しかも、何人かの職員は早朝の大臣レクに臨まなければならない。大臣レクとは、官僚が作成した答弁書を大臣に説明し、大臣がそのとおりに答弁するよう仕向けるための勉強会である。こんなことが連日続くのだから、官僚たちがへとへとになるのもむべなるかな、である。
 そこで、もしこの答弁作成にチャットGPTが活用できるなら、それなりに体裁が整っていて、しかももっともらしい内容の答弁書が瞬時にして作成されるだろうから、官僚たちの事務負担を大幅に軽減することができる。西村大臣の心中を察すれば、こんなことなのだろう。
 官僚の業務を軽減し、長時間労働を解消しようとする大臣の心がけは評価するとして、筆者にはその方向が間違っているように思われる。というのは、そもそも大臣の国会答弁とは、本来は大臣自らの考えと言葉で行うべきものである。ところが、多くの大臣(現実にはほとんどすべての大臣といっていい)にそれができないので、やむなく官僚たちが答弁作成を代行しているのが実態である。
 西村大臣には、国会答弁とはもともと官僚が作成し、それを読むのが大臣の役割だとの認識があるようだが、それは明らかに間違っている。大臣の国会答弁とは、大臣がその職責に応じた資質や知見を有しているか、政策などについて説得的に説明できるかどうかを試される場である。いわば口頭試問だといっても過言ではない。
 これを他に例えると、学生が大学で学んだことをちゃんと身につけているかどうかを問われる試験のようなものだ。学生はカンニングをしたり、論文を他人に書いてもらったりすることは厳に禁じられていて、もしそれが判明すれば直ちに失格となる。たとえ自分で論文を書いていたとしても、その中に剽窃(ひょうせつ)や盗用が見つかれば、それも失格となる。ちなみに、大学院生の論文審査における口頭試問では、書類などの資料の持ち込みも禁じられるのが一般的である。
 若い人たちにはこんなに厳しい基準で対処しているのに、国の政治を預かる大臣たちは他人が書いたものをあっけらかんと読んでいる。それはとても恥ずかしいことであるから、やむなく読まざるを得ないにしても、学生たちがカンニングをやる場合と同じく、本来はコソコソとなされてしかるべきことであるはずだ。
 西村大臣の発言に違和感を覚えるのは、例えていえば学生に課された論文について、それが代行作成されるのを当たり前のこととしたうえで、その代行作成者の労力軽減のためにチャットGPTを活用してはどうかと仕向けているようにしか聞こえないからである。

■答弁作成代行が不要な内閣に

 国会答弁について今なすべき改革は、官僚の事務負担軽減のためにチャットGPTを活用することではなくて、まっとうな学生たちが自分の実力で試験に臨んでいるように、大臣がその見識を自らの言葉で披瀝(ひれき)し、質問者と議論できるように改めることだと思う。そうなれば、官僚たちの答弁作成自体がなくなるので、彼らの長時間労働解消に確実につながる。
 これを実現するにはいくつかの基礎的改革が必要となるが、その中で最も重要なのは大臣の任命のあり方である。大臣にはその職責に必要な資質と知見を備えた人が任命されるべきである。現状では、議員歴は長いかもしれないが、所掌する事務についてほとんど素人のような人が大臣に任命されることが決して珍しくない。
 かつて、ITに疎くパソコンも使ったことがない人がIT担当大臣に任命され、内外の失笑を買ったことがある。ただ、これを笑い話で済ますわけにはいかない。今日深刻な問題となっているわが国のデジタル化の遅れは、こんな不適切な大臣任命に少なからず起因しているはずだからだ。
 昨今のまともな企業は役員などの幹部の任命に、ことのほか気を遣う。現社長の情実などの不正常な要因が人事に紛れ込まないよう、客観的な視点が備わった指名諮問委員会などを設けて厳重に吟味している。もし情実などによって、資質や見識を欠いた人が要職に就くと、その企業は市場から退出させられかねないからである。
 政府も例外ではない。各省のトップである大臣の人事を疎(おろそ)かにすると、確実に国力が低下するのは、ひとりIT分野にとどまらない。とかく大臣の人事が派閥の都合で決められるなどということが囁(ささや)かれるが、それは企業の情実人事と異ならない。
 「なんでこんな人が大臣に」と首を傾(かし)げている人が多いのに、総理が「適材適所の人事」だと言い張っているのを聞くと、国民としてとても物悲しくなる。同時に、それを任命した総理自身の見識すら疑わずにはいられない。
 政権の座に就き、それを維持するにはさまざまな配慮を必要とすることを察するに吝(やぶさ)かではない。ただ、時の総理には、「大臣答弁にチャットGPTを活用」などとする薄っぺらの似非改革案が出てきたのを奇貨として、この際本当の意味での適材適所による大臣人事に徹することによって、わが国政府を国際社会に通用する存在に変貌させるための改革に取り組んでもらいたい。

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