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福知山線事故から19年

2024年04月24日(水)


ウィキペディアにこうある――

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JR福知山線脱線事故(ジェイアールふくちやませんだっせんじこ)は、2005年(平成17年)4月25日に西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線(JR宝塚線)塚口駅 - 尼崎駅間で発生した列車脱線事故である。乗客と運転士合わせて107名が死亡、562名が負傷した[1]。

なお、JR西日本では、「福知山線脱線事故」ではなく「福知山線列車事故」と呼称している[2]。マスコミなどでは、「JR宝塚線脱線事故」や「尼崎JR脱線事故」などとも呼称される[3][4]。
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なお,その5年前,営団地下鉄日比谷線中目黒駅近くで,脱線衝突事故があった.
同じくウィキペディアに,こう記されている――

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営団地下鉄日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故(えいだんちかてつひびやせんなかめぐろえきこうないれっしゃだっせんしょうとつじこ)は、2000年(平成12年)3月8日午前9時1分頃、帝都高速度交通営団(現・東京メトロ)日比谷線において、恵比寿駅から中目黒駅に入線しようとしていた列車がカーブで脱線し、対向列車と衝突した鉄道事故[1]。死者5名、負傷者64名[1](2000年10月26日付の事故調査検討会報告書では63名[2])を出した。
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ささいなことだけれど,宝塚線と聞いて,よくわからなかった.
鉄道に詳しいわけではなかったけれど,そんな路線があるんだっけ,と思った.
それは,福知山線の愛称?とか,ふーん,と思いながら,メディアの報道を眺めていたか.

仕事の関係もあって,多少の興味をもって報道を追いかけていたけれど,
正直なところ,なんだかなぁ,すっきりしないな,と感じた.
死者106人……といった報道もあったように思う.
じっさいになくなったのは,107人.

しばらくしてだったか,
森岡正博さんの「33個目の石」を目にした.
誰かが1個を持ち去っても,また1個が追加されている……と.
アメリカの大学構内での銃乱射事件による被害者32人,そして自殺した加害者,あわせて33人.
33人目の死者のことを,すこし考えたか.
そうして,107人目の死者を思った.
もちろんアメリカの事件と,日本の列車事故は無関係なのだけれど,
ただメディアの報道などをみていて,若い列車運転士のことがとても気になっていた.

そういえば,どちらの事故も朝のまだ通勤通学の混雑の名残の時間帯に起きたのだったか.
このことに触れた議論もあったと思う.車両の軽量化,台車の形式などもあるという議論もあるらしいが,それがどんな風な影響を与えるか……といった議論もあったか.
山口栄一さんの本でも触れていただろうか.
動労千葉のホームページにも,事故にかんするレポートがあった.かなり長いレポートだったか.そこでも,関係する議論が語られていたと思う.
日比谷線事故は,もう駅に到着する寸前だったか,スピードは出ていなかったようだ.
福知山線では,制限速度を大幅に超過していた.

知り合いの土木技術者に聞いた話,
安全度,基本的に倍……,
で,速度超過というけれど,事故現場は,70㎞/hで,電車は116km/hだったとか.
ベテラン運転士の証言が出ていたと思う――基本的に制限速度の倍まで,と考えていたと.もちろんそんなに出してはいけないけれど.
とすれば,限界速度は140kmということになりそうだが.


それで,本屋にあった山口栄一さんの『JR福知山線事故の本質: 企業の社会的責任を科学から捉える』(NTT出版)を読んだ.
半分が事故原因の検討に充てられていたか.

読みながら,死んだ若い運転士のことが気になった.
107人目の死者が.

人と複雑な機械システムの,複合的な大きなシステムの問題,というところなんだろうな,
とは思った.
そういえば,京浜急行線で,運転士が非常ブレーキがきかないように彩句をしていた,と報じられていた.
ちょっと前だったけれど,ドイツだったか,あるいはイタリアだったか,運転士は,運転席に在るボタンを常に押していなければならないのだとか,ボタンから手を離して一定の時間がたつと,警報が鳴るのだとかいうことだったと思う.運転士の不注意,居眠りなどの防止のための措置だと.
京急の運転士も,それらしきことを語っていると記事にあった.

いずれ無人運転が主流になるんだろうか,わからないが,技術の流れは,そちらに向かっているようにも見える.
しかし,仮にそうだとして,では人は電車やクルマの運転を,自らの手をおこなうことがなくなってしまうのだろうか……とも思う.それでいいのだろうか…….

若い運転士が,決められたとおりに70kmの制限速度を守っていたら,事故は起きなかったのかもしれない,多分そうだろう.それでも,事故は起きた.それは制限速度を守らなかった彼が,すべての責任を負うべきだったのだろうか.
いや,すべての責任を,彼に負わせるべきだったのだろうか.

それで福知山線事故.
人は間違いうる,という.

“To err is human, to forgive divine.”

もともとの意義と異なるのかもしれないけれど.
そういえば,正月の羽田の事故についても.







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