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安楽死……?

2023年11月22日(水)

そういえば,フランスのひと,ジャン=リュック・ゴダールは,スイスで安楽死を選んだのだったか.

しかし,それにしても「死」は誰のものだろう…….
「生」はわたし自身のモノだとしても,では,「死」はわたしのモノだろうか?
……などと考える.

このTwitterのやりとりのなか,
ひとが安楽死を考えるような事態になったときに,
じつはひとは,そんなことを考えることができない事態に陥っているのではないか……,
そんな指摘があったか.

もうずいぶん前のことだったか,哲学する人が,自分の意志で,自らの死を死んだ.
本人の信念だったらしい.
もちろん誰かを道連れにするわけでもなく,ただひとりで.
ご子息が,ことの次第を書いていたような記憶があるが,さてどうだったか.
これが,ただちに「安楽死」ということでもないのだろうけれど.

でも,ちょっと気になるな……,
とても頭脳優秀とか言われる列島の国の平均年齢をかなり下回る人が,
高齢者の大量死に言及していなかったか?
ぼくもまた高齢者に括られるので,ふーん,と思った.
でも,ほぼ確実に,人はみな年齢を重ね,ほぼ確実に高齢者に括られるようになる.
もちろんもっと若いときに,病気や事故に生を断念しなければならないひともいるのだけれど.

いつだったか,ALSの患者さんが,スイスにゆき,その地で安楽死を死んだ……というテレビのドキュメンタリーだったか,
いつか治療法が見つかるかもしれないけれど,その患者さんから見れば,それは遠い,はるか彼方の自らは到達できないところのことだと思われたのだろう.

若かろうと,年をとっていようと,でも死んでしまえば,それまでだ,と思う.
ならば,可能な限り生を全うし,全うさせることが,まず第一じゃないかな,とも思う…….

身近なところで,いま90を超えたところか,おばは,パートナーの死を,そして娘の死を.しかと認識できていないようだ.
でも,それでもいいじゃないか,と思う.
もっと若くて,いろいろ判断できそうなときに,そうなったら安楽死を選択します,とか書き残せば,安楽死させてもらえる……なんてことになったら,ほんとうにこわい,無惨な時代を迎えることになるのでは.
そんなことも考えなら,いま,このご時世で,あまり簡単に安楽死を……と言えるのかな,と思う.
ヨーロッパの国にしても,それなりの時間をかけた議論の積み重ねがあったはずだ.
列島の国に,そこまでの力がいまあるだろうか,とすこし考え込む.

……………

そういえば,年間死者数100数十万人の時代.
火葬場は,混雑してたいへんだとも聞く.
そして,それはすでにずいぶん前からほぼ確実に予測されていたこと,
しかし,しばらくすれば,死者数は減少に転じるとして,火葬炉の増設の動きはない,とか.

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松浦晋也
@ShinyaMatsuura
自分はいつまでも若くて、老いず病まず死なないと思っていると、こういう
ことを言い出すことになる。

引用ツイート

藤巻健太 衆議院議員@Kenta_Fujimaki·7月11日
安楽死を認めるべきだ。
不治の病に侵され、耐え難い苦しみにいる人が症状の落ち着いている時に、
   族や親しい友人に囲まれ、ありがとうと言いながら眠るように旅立つ。
そういう最期を望んでいる人から、それを奪う権利がどこの誰にあるのか?
選択肢が欲しい。
自分の最期は、自分で決めたい。 twitter.com/toru_azuma/sta…
午後4:03 · 2023年7月12日·3.7万 件の表示
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(私の視点)監視カメラ巡り逆転無罪 証言の「うそ」見破った判決 遠藤比呂通

2023年11月22日(水)

遠藤比呂通さんは,自らの明確な意思があってあいりん地区に関わられていらっしゃるとか.
いつだったかご本を呼んだような,あるいは積ん読のままだったか,
横浜・寿,東京・山谷…….
かつての労働者の街は,
しだいに高齢化がすすみ,行き場のない人たちが,おたがいに支え合いながら住まう街.

そこに「監視カメラ」とは,と思いながら,読んでみた.
府のお役人が,どんな考え,思いから,裁判で証言したか,知らない.
大阪市は,かかわりがなかっただろうか,知らない.

それにしても,知事室あたりにでも,監視カメラをつけたら?なんて,悪い冗談か.
…………………………………………………………………

遠藤比呂通
人権という幻:対話と尊厳の憲法学
勁草書房 2011


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(私の視点)監視カメラ巡り逆転無罪 証言の「うそ」見破った判決 遠藤比呂通
2023年7月12日 5時00分

 大阪高裁刑事第4部(斎藤正人裁判長)は先月14日、威力業務妨害罪に問われた男性3人に対し、逆転無罪を言い渡した。検察側は上告を断念し、無罪判決が確定した。

 事件の背景に、大阪市西成区の釜ケ崎(「あいりん地区」)の拠点であったあいりん総合センターが、2019年4月24日、強行閉鎖されたことがある。労働者の居場所を奪い、排除するものだと反対運動が広がり、閉鎖後、路上に労働者や支援者によりテントが張り巡らされた。その中核的存在が団結小屋だった。

 同年5月30日、大阪府と国は監視カメラの角度を団結小屋に向けた。団結小屋に出入りする人々の顔を特定でき、24時間録画されていた。監視を受ける状況にあった労働組合執行委員長らがカメラに炊き出し用ゴム手袋とポリ袋をかぶせた。この行為が威力業務妨害罪に問われ、一審・大阪地裁は罰金を命じた。

 裁判で問われたのは、監視カメラの角度を変えた目的、そして、カメラをゴム手袋などで覆ったことがプライバシーを守るための適法な行為として認められるのか、だった。

 監視カメラの角度変更の目的について一審判決は、同年4月26日に近隣で起きた放火事件を受けた防犯目的だったとする大阪府職員の証言を信用し、その業務を妨害したとして、市民らを有罪とした。

 しかし、大阪高裁判決は、「防犯目的」とする府職員の証言を全証拠に基づいて緻密(ちみつ)に吟味し、信用できないと判断した。この「うそ」を見破ったことに判決の根幹がある。例えば、府職員は、旧センターの中にあった医療センターの入院患者らの生命、身体に対する危険を防犯対策の理由に挙げたが、高裁判決は「医療センターや大阪市を交えて協議した形跡は一切うかがえない」とし、証言は信用できない、と判断した。

 判決のもう一つの意義は、カメラ撮影のプライバシー侵害を認め、ゴム手袋をかぶせるという非暴力、非破壊的行為を正当だと認定したことだ。角度変更の目的を「団結小屋に出入りする者らに萎縮効果を与え、団結小屋などを拠点とする活動を諦めさせるなどの状況に追い込むことであった疑いが強い」と指摘。撮影について、「正当な理由なく、団結小屋に出入りする者らのプライバシーを侵害し、深刻な萎縮効果をもたらす違法な行為」と結論づけた。

 19世紀末にプライバシーの法理を初めて主張した米国のルイス・ブランダイス弁護士(後の連邦最高裁判事)は「闘う人々に法は武器を提供している」という言葉を残した。その言葉通り、無罪判決確定の翌日、監視カメラの角度は元に戻された。

 (えんどうひろみち 弁護士)

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